手を伸ばしてマグカップをコトリと置いた。
何となく、気分で淹れたカフェオレは
街路樹の色付き始めたこの季節にすんなりと馴染んで心地いい。
ほう、と小さく息を吐く。
背中合わせに微かな君の体温。
フローリングに敷いた淡い色のラグの上
僕らはそれぞれに気に入りの本を手にしていて。
栞を挟んで一旦閉じた僕のそれは、翻訳物の古いミステリー
君は、何を読んでいるのかな。
静かな部屋の時間はゆっくりと流れているよう。
僕たちはここにこうしているだけで
それ以上の特別なことは何もしていない。
でも、もしも今ここに、
この背中から微かに伝わるぬくもりが無かったならば
こんなに穏やかな気分で寛いでいられるのだろうかと
ちょっと考えて、首を振った。
・・・傍にあって当然のもの
無くなってしまうことなと考えられもしないもの・・・。
「なんだか空気みたいだね」
天上にほかりと視線を投げて
背中越し、君に呟いた。
細めに開けた窓からの乾いた風が、部屋を通っていく。
もう少し秋が進んだら、ドライブに出掛けるのもいいかもしれない。
と、
少しだけ遅れて僕の声を君が拾ったようで
「それって少しひどいんじゃない?」
何故か拗ねたような声がする。
顔は本に向いたままで、でもきっと小さく唇が尖っている感じ。
そんなことを言われて少し驚く。
「どうして?」
「だって、あってもなくても同じってことでしょう?」
・・・ああ、なるほど。
僕の失言になるんだろうか。
そんなつもりは無いんだけどね。
「違うよ。
君がいなかったら僕は、
息も出来ないんじゃないかってこと。」
言葉足らずを補うようにそう言い直したら
君は驚いたように僕を見た。
それから、どこか呆れ混じりに小さく息を吐いて
「・・・もう」
ふわりと笑った。