駅前の広場に飾られたツリーの華やかなオーナメントに
小さな子供が手を伸ばそうとしている。
街はすっかり赤や緑に彩られ
通り行く人々の足取りもこころなしか速い。
店先に流れるクリスマスソングを聴きながら
僕は君への贈り物を探している。
良さそうなものをいくつか手にしてみても
どれも“これ”ではないようで
悩んだ挙げ句の小休憩。
通り沿いの喫茶店、マホガニーのテーブルで
コーヒーを片手に僕は一つ、溜息をついた。
それなりに短くはない時間を隣で過ごして
君の好みもある程度分かっていると思っていても
こうしていざ探そうとするとどうにも上手くは決められない。
ガラスの向こうを過ぎていく人々は
冬の華やかな賑わいに、何を思っているのだろう。
まだ決めかねている君への何か。
モノが気持ちを全て伝えてくれるわけでもないのに
それを手にした君に笑顔を浮かべて欲しいと思うのは、
僕の我が儘だったりするのかな。
俯いて、小さく笑って席を立つ。
雑踏も人波も得意ではないけれど
君への贈り物を探すためにこうして使う時間は
僕は結構好きなんだ。
小さな笑顔と共に手渡されたマグカップ。
少しの甘さとミルクの落とされたコーヒーに僕はそっと目を閉じた。
きっと気付かぬうちに積もっていたらしいどうでもいいような鬱屈も、
柄にもなく陰に傾き掛けたどうしようもない感情も
すっかりバレているのだろう。
「ありがとう」
顔を上げてそう告げれば
ちょっとだけおどけたように君は笑って向かいのソファに腰を下ろし
ハードカバーを手に取った。
窓辺のラジオからはウィンターソング。
カップを傾ければ、コーヒーのぬくもりが広がっていく。
・・・やっぱり君には敵わない。
いつまで経っても大人になれない僕の、いつの間にかの堂々巡りを
君はこうしてそっと包んでくれる。
自分の中でもはっきりとは形になっていない、
口にするのもどうかと思えるような何となくの憂鬱と、
そんな訳の分からないもので気分を下向かせている自分に対するふがいなさ。
こんなことじゃいけないと溜息をつきそうな僕は、
僕自身どうしたって好きではないのに・・・。
かさり
本のページを捲る小さな音に、何となく顔を上げれば
君はすっかり物語に夢中。
読んでみたら意外に面白いのだと言っていた、最近のお気に入りは
何とか言う魔法使いの弟子の話。
君は気付いていないだろうけれど、本を読む時
君の表情はくるくる変わって忙しい。
少しだけ眉を顰めているのは、何か問題でも起こったのかな。
と思えばもう目元は緩み、白い頬が嬉しそう。
きっとすっかり物語の世界に入り込んでいるんだろう。
いつの間にか僕は自分の鬱屈も忘れ、そんな君に気を取られていて。
空になったマグカップをテーブルに戻せば
僕の動きに君の意識がちょっとだけこちらへ戻る。
小首を傾けて浮かべられた疑問符に
「なんでもないよ」
そう答えた僕は
もうすっかり明日の予定を考え始めていた。
通い慣れた喫茶店のいつもの席で
低く流れるピアノソナタと、君の前にはミルクティー。
穏やかな日差しの揺れる窓の向こうで
街路樹の赤と黄色が揺れている。
空いた椅子には煉瓦色の君のコート。
季節がゆっくりと移っていくんだね。
君と一緒に過ごしていると
時間の流れすらなんだか優しくなるようで。
きっと君は気付いてはいないだろうけれど
たくさんの何かを僕にそっと教えてくれている。
そう、例えば
以前よりも風の色の変化に気付くことが出来たり
今までには思い至らなかった感情の存在に出会ったり
ゆっくりと呼吸することに気付いたり。
小さな事がとても大切なことであったのだと
君が全部教えてくれたんだ。
ありがとう、その言葉だけではどうにも伝えきれないけれど
そんな全てをこうして僕はそっと抱きしめて
カップを傾ける君を見ている。
ほう、と小さく息を吐いた君の
ふわりと立ち上る湯気の向こうの微笑みを
いつでも一番近くで見ていたいと思うのは
僕の我が儘、なんだろうか。
一緒にいることの意味
それでも君と僕が別々に存在している意味
僕らが出会ったことの偶然を
時々ちゃんと思い出せるように
大切なことを見失ってしまわないように
それぞれがそれぞれに目を向けながら
ゆっくり歩いて行きたいね。
いつもどおりの駅までの並木道
道路沿いの街路樹は、もうすっかり寒さへの準備を整えているようで
色付いた葉が乾いた風に絡め取られて
君の髪の向こうで、はらりと踊る。
君と過ごす幾つめかの秋が、ゆっくりと街を彩っている。
二人でこうして歩く時は、気付けばいつも同じ速さだ。
歩調はどちらからともなく自然と優しく重なって
見える世界の色はきっと、同じ。
そう、僕は
君の前を歩きたいわけではないし
君に手を引いてもらいたいわけでもない。
進んだり、遅れたり、止まったりなんてすることも
勿論たくさんあるだろうし
それが当たり前なんだろう。
だからこそ
できることなら君と並んで
僕は歩いて行きたいんだ。
また、一枚風に乗って葉が舞う。
見上げた空は遠く青く
鳥の声すら吸い込んでいきそうだ。
こうしてまた一つ、季節は移ろっていく。
コートを厚手のものに変えて、昨日薄手のマフラーも出しておいた。
少し前までは青々として日差しに輝いていた芝生も枯れ色に変わりつつあって。
もう幾つめかの冬を間近に
僕は隣で君の声を聞いている。
この前読んだ本が面白かったこと、
街路樹の色の変わりかた
行ってみたいレストランの話から
今度来る映画のこと・・・
何時だって僕のこころに穏やかに響く。
楽しそうに話すその声が
あんまり心地がいいものだから
ついぼうっとして怒られたりもするんだけれど。
確かに僕は君と違ってあまり話すことは得意ではないから
話すのは自分ばっかり、と君は時折拗ねてしまう。
今もほら、
ミルクティーの缶を両手で大事に包みながら
視線が僕を責めている。
でも
いつでもちゃんと聴いているよ。
君は知らないだろうけれど
僕はいつだって君の声に
随分と助けられているんだ。